絶対入社したかったデザイン会社。3ヶ月試用するも無残に契約終了

粘って「試用」してもらったものの、現実は厳しかった

私は、大阪府高槻市に住む、27歳女性です。グラフィックデザイナーをしており、手取りで15万程もらってます。

本社に正社員は10名ほどで、後はパートの方が30名~40名ほどいました。勤務したのは、大学4年生の夏休み~秋頃までの数か月間でした。

元々面接を受けに行った時に貰ったお返事は「お断り」だったのですが、そこでどうしてもデザインの仕事がしてみたかった私は食い下がりました。

「もう1度チャンスを頂けないでしょうか」とお願いした所、会社が最初に雇うと決めた女性1名の方と一緒に「まずは3か月だけお試しで」と言う感じでお仕事させて貰えるように会社から提案して頂来ました。

その3か月が過ぎた後で「やっぱり最初に雇うと決めた人をこれからも雇用するので、あなたは今月いっぱいで契約を終了します」と言われました。

通勤時間も、正式に雇用された方は家から電車で15分という近さで、一方の私は、バス電車乗り継いで1時間45分程かかり、交通費も会社規定から出た以外は、全て実費で出勤していたので、そういう問題もあったかと思います。

解雇通告に頭真っ白

解雇を言われる時は突然なので、頭の中が真っ白で現実味が無かったですね。言われてから2時間ぐらいはフワフワしてて、その後に何の仕事をしたか覚えていません。

特に私はその会社が、社会に出て初めてデザイン系の仕事ができる会社でした。

最初に「3か月だけ」と言われてはいましたが、実際会社に使われてみてからの「やっぱ要らないわ」宣言は堪えたと言うか、どこかで「2人共雇ってくれるんじゃないかな~」と社会を甘く見ていた所がありました。

ただそこはあまり金銭的には余裕のない所で、交通費も毎月1万2000円ほど自己負担でした。

今も雇われ続けていたら、それはそれで自分が損をしていたので、今となればあの時リリースされて良かったかもと思いました。

お金を稼ぐことの難しさを学んだ

その時はまだ大学4年生の実家暮らしだったので、私は特に生活に困る様な事はなくて幸いでした。しかし、職は失ったので、日々の遊ぶ為のお金や、画材を買う資金は無くなりました。

なので、解雇された事のショックを抱えつつ、大学で卒業制作を進めました。そして、すぐに働ける工場のアルバイト等を探しました。

当時は、お小遣い稼ぎと学業を両立させるのが、自分には結構辛かった思い出です。

今までは大学でお菓子とか学食とか何でもぽいぽい買って食べていましたが、そういう無駄遣いも減らしていこうと、意識して無駄遣いも減らしました。

お金を稼ぐ事と他の大人たちと仕事する事の大変さを、在学中にほんの少しでも味わえたので、他のクラスメイト達に社会の厳しさ等のアドバイスとかもしていました。

先手を打ったつもりが裏目に

その時はまだ学生で、誰かを養う訳でも、一人暮らしをしている訳でも無かったので、家賃などの生活に関する心配なども特にありませんでした。

ただ、単純に「社会に出て初めて働いた会社でリストラ宣告を受けるような人材なんて、今後どの会社も雇ってくれないのでは?」と強く不安に思いました。

ただでさえ生まれた時からずっと不況続きの世の中を生きてきて、将来年金が貰えないのが確定されてる世代だとか、就職難なんて当たり前だよ!って会話を大学などでも聞き続けてきました。

だからこそ、在学中に職歴を積めば、少しでも面接で有利になるかも知れないと思ってきました。

しかし、逆に面接で不利になる点を抱えてしまう羽目になり、これからどうやって次の職場を探そうかと困りました。

最終日は挨拶だけ。希薄な大人の社会

会社からは「3か月だけお試しで雇って駄目だったら契約更新しません」と事前に言われていたので、特にそれを言われた後も、近くのハローワークでの求人広告を1枚ペラっと渡された事しか記憶に残ってないです。

しかもそれは会社の近くにあるハローワークの求人でした。

私の一部負担で来ているほどの距離感なら、もっと近いハローワークの所がたくさんありましたので、それ自体はあまり役に立ちませんでした。

最終日も「今までどうもありがとうございました~」って、何か軽いと言うかあっさりな感じだったので、大人の世界ってみんなこうなのかなと、若いなりに思う事もありました。

今思えば「失業手当など会社から宣告された場合はすぐに貰えるのでは?」と思ったのですが、そういう手当の手の字も聞いた覚えもなく、結局一銭も貰っていませんね。

汚点を「強み」に変えよう!

とにかく「社会に出て生まれて初めての企業をリストラされた」と言う烙印を押されてしまったので、それをどうポジティブな言葉に言い直すか考えるので苦労しました。

ですが、元々私は楽観的な性格でもあったので、ポジティブに言い直す事自体は割と簡単でした。

例えば「わずか数ヶ月でリストラ → 夏休みだけ短期でデザイン職をしていました」や「在学中からでもデザインの仕事をしてみたかった」などの言い回しです。

逆に自身の行動力と積極性を多くの企業にアピールする事が出来、わずか数か月でも「それは立派な職歴だよ」と褒めて下さる企業にも出会えました。

どちらかと言えば、転職と言うよりそのリストラ宣告された会社からどう後を濁さないように立ち去るかと言う事の方にだいぶ体力を使いました。

会社は従業員を「モノ」として扱う

今回の解雇事件を通じて、まず社会や企業に対する物の考え方が根本的に変わりました。

労働者は「人」じゃなくて、使えなかったら物の様に簡単にポイっと捨てる「商品」なんだと言う事を身をもって知りました。

むしろ、他の人より早く社会の洗礼を受け、その事に気が付かせて貰ったあの企業に、今は感謝すらしています。

なので、私も会社ではなるべくプライベートな事はベラベラ話さず、基本的には淡々と仕事だけをこなす様になりました。

仕事終わりに仲間同士で飲み会などやっても、待ってる先にはあの物の様に捨てられる未来があるのかと思うと、会社での人間関係に力を使う事自体がアホらしいので、本当に信頼できる人以外はもう無駄にコミュニケーションは取っていません。

会社と自分は、付かず離れずな距離感が丁度良かったんだと今は思います。

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