経営不振でカード会社を解雇。子持ちの40代で希望通りの就職は絶望的

経営不振と合併でカード会社を解雇される

私は静岡県在住の43歳の女性です。電気屋でのクレジット勧誘で手取りは13万程です。正社員2名、パート3名の会社で、2年勤めました。

解雇の理由ですが、カード会社の合併により方針が変わって、電気屋との契約が変わった事と、カード利用のお客様が減ったからことで、数字的なことで会社が保てず、銀行と合併をしなくてはいけなくなったようです。

法律も変わった時期でしたし、カードの審査も厳しくなりました。それにカードを利用するお客様への案内にも影響がでました。

今まではカードを利用すると特典がつきましたが、合併を機に特典をつけにくくなり、勧誘の仕事も減りました。

そのため仕事がなくなる事が、職場仲間の間でも話題になりつつあり、それが現実になったのです。

合併する前でもカードを作り、審査は通るけどお会計は現金でお支払いのお客様が多く、クレジット利用はわずかな確率でしたので、仕事がいつなくなってもおかしくないと今は思います。

当たり前にしてきた仕事が消える

解雇されたときは、カード勧誘の苦しい仕事から逃げることができるのでほっとした気持ちでした。

同時に、今後どうするか、という気持ちの2つが頭に浮かんだのを覚えています。

今まで当たり前のように会社に行き、当たり前のように仕事をしてきたので、少し穴が開いた気がしました。

会社は今後の事を考え、次の仕事を紹介して下さりましたが、私が希望する条件に合わず、自ら就活を行いました。

先輩達よりは勤続年数が短いですが、寂しさも感じました。職場仲間との別れもそうですが、やはりはじめての経験でしたので、気持ちが複雑にからみました。

でも、私には良い経験をさせて頂いたという気持ちもあります。人に伝える難しさ、仕事に自信を持てたことは、私にとって良かったと思います。

仕事がなくなったので大変でしたが、今はこの経験をさせてもらって良かったと思います。

必死に探すも見つからない転職先

解雇された直後は、これから家賃や生活費をどうするかで悩みました。

ハローワークに通い、また、求人誌が出る曜日になると毎週取りに出掛けました。その時の交通費やガソリン代でも苦しくなってきました。

お弁当を持って気分転換に出掛けたり、ストレスに悩まされたので「どう解消するか」とさらに一日中悩んでいる時もありました。

とにかく月末までに何かの仕事を探すのに必死になりました。

日雇いにもとりあえず登録しに出掛けて、携帯とにらめっこの毎日でしたが、日雇いでは継続的に稼げないからどうしようとまた悩む日々。

ほとんど悩んでばかりでした。

求人誌も1回だけではなく何回も見ました。ネットでも仕事がないかとあらゆる求人サイトに登録しては探していました。

電気代も掛かるから時間を決めて探す感じで、ほとんどが仕事探しがメインの生活でした。

子供の大学進学費用はどうしよう…

子供がいるので生活もそうですが、子供が「大学に行きたい」って言い出した時に「どうしよう」って思いました。

奨学金もありますが、そんなに頭がいいわけでもありませんので、すごくどうしようかと心配しました。

それに私も、趣味や好きな事をしたいという夢もありましたので、不安は募るばかりでした。

とりあえず子供の為に何か役に立てれば、不安から解消されると思いました。

例えば学生寮の家賃の一部とか、生活費の一部を応援してあげればいいのかと考えました。でも、大学にいくにせよ、専門学校にいくにせよ、やっぱり学費を応援してあげた方が良いという自分なりの考えにたどり着いたのです。

生活費は、子供が勉強しながらバイトすればよいので、学費をどうするかすごく不安になりました。

転職先を紹介してくれた会社に感謝

解雇された際、会社は就職の支援はしてくれました。私には、お店での接客の仕事を紹介してくださいましたが、私の希望する条件と折合わず、お断りをさせて頂きました。

子供がいるので時間に制限があった事と、病気がちな子供でしたので、フルタイムでの勤務が難しい状況なのです。その仕事は週末が忙しく、出勤することが前提になるため、私の生活には合いませんでした。

再度同じ地域で仕事が発生した時には、私に優先的に声をかけてくださるとの事でしたが、就職は実現しませんでした。

解雇されたカード会社ですが、少しでも働いていた人の為に、次の仕事まで心配してくれた事に嬉しく思いました。実現はしなかったけど、言葉だけでも温かい気持ちになれたので、すごくいい会社だったと改めて思いました。

しばらくは、職場仲間で会社を懐かしむ気持ちをぶつけあいながら、励まし合いました。

35歳が転職のタイムリミット?

35歳という年齢を過ぎると、転職先の幅が狭まることを先輩たちから聞いていました。その噂通り年齢で不採用が続き、気持ち的にかなりへこみました。

介護に掃除、サービス業での仕事は多数ありますが、工場での仕事の派遣社員となると厳しかったです。

子供のお休みに合わせるために、どうしても「土日休み」が働く上での私の条件でした。

求人を探しては面接に行くのですが、不採用でした。

私は、結局妥協して、サービス業での仕事を探す事にしましたが、やはり時間的なことが問題になりました。

早番と遅番の両方の時間を求められてしまい、採用が決まるまでかなりの時間がかかりましたし、早番だけの時間での会社を探すのに大変でした。

もう、就活はこりごりだと思いました。

一人の時間。自分を見つめなおすことができた

解雇を言い渡されてからは、収入面をどうするかと悩み、ストレスもかなりたまり大変な時期でした。

でも、少し自分を見つめる時間が取れた気がしています。

当たり前ですが、毎日、会社と自宅の往復でしたし、自宅に帰れば子供がいて家の仕事が待っています。そんな中、仕事を探すのは大変だけれでも、子供が学校に出掛けている間は一人です。

一人の時間を大事に思えました。

ぼーっとあたりを見回して自分の置かれている状況、環境を頭の中で整理することが出来ました。

子供がいるとあれこれと言わなくてはいけない事ができてしまい、なかなか冷静に物事を考えさせてくれません。今思えば、余裕が私には足りなかったかもしれません。

頭をすっきりリフレッシュさせることができたあの時期は、見方を変えれば、私には大事な時間だったように思います。

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