娘を30万円で売ったタクシー運転手。崩れ落ちる他人の人生は蜜の味

他人の不幸は蜜の味

ウシジマくんを連載初期から読んでいる、愛媛県在住の31歳です。ウシジマくんでは、搾り取る側であり、その言動や狂気がとても魅力的なキャラクター「滑皮秀信」が好きなキャラです。

作中の登場人物のほとんどが社会的、金銭的、またはその命までもを失ってしまう末路を辿っていきます。

そうした、少しずつ崩れていく他人の人生を見るというのはやはり「他人の不幸は蜜の味」なのです。

結果的に見れば、「誰かの不幸が、誰かの幸福(お金)」につながるゼロサムゲームになっていて、搾り取る側と搾り取られる側の群像劇はとてもリアリティがあり、「こういう事件ニュースであったよな」と感じさせ、身近な恐怖として描かれています。

また搾り取る側の登場人物もヤクザ、半グレ、金主等、普段我々が接する機会のないアンダーグラウンドの住民で、そのキャラクター達の計略、人を人とも思っていない価値観に惹かれてしまうのは不良に憧れる心理と似ていて、そういった層の人にはとても楽しめる作品なのではないかと思います。

汚い世の中でも芽生える友情

好きな人も多いと思いますが、「楽園くん」の話が印象に残ります。

“オサレエンペラー(謎)”を目指し、読者モデルをしている「中田広道」という青年が主人公です。

自分の夢のためにお金が必要で、先輩の「G10」から仕事を請け負い、犯罪に手を染めながら少しずつ成功の階段を上っていく過程と葛藤が、「何かを犠牲にしなければ何かを得られない」という今の社会を連想させ読んでいてとても共感できました。

しかし結局は自身含め、先輩の「G10」や友達の「キミノリ」、ライバルの「田舎者」、彼女の「パピコ」、全員バッドエンドの平常運転でした。

最終的には、他人を金づるとしか思っていない登場人物が多いなか、「中田」と「キミノリ」の友情は、汚い世の中でも本物で、とてもキレイに見えたのかも知れません。

読み終わってからの不快感はなく、何故か切ないけどさわやかな気持ちにさせてくれました。

実話を基にした悲惨な末路

実際に起きた実話を基にしたとしか思えない「洗脳くん」や「フリーエージェントくん」などの話もあります。

身近でこういうニュースになるような大事件の被害者を知っているか?と聞かれれば「ノー」という人が大多数だと思います。

そのなかで「フリーターくん」は家族含め、物語が進むにつれ絶望的な状況になりますが、最終的にはウシジマくんでは珍しくハッピーエンドで終わります。

私の周りにも、事業で失敗して家を失ったりした人がいます。

それから、ホストやキャバクラ、ギャンブルにハマって資産のほとんどを失って借金までしてしまった人はいます。

しかし、「ウシジマくん」の作品ほど悲惨な末路にはなっていません。

ヤクザ関係の人が絡むような話も、結局のところ最後はお金で解決ですし、もし自身が支払い能力がなくとも家族、知人がどうにかしてどうにかなっている話しか知りません。

しかし自身の支払い能力もなく、家族にも知人にも頼れないという人がいるとして、その人たちは人知れず作中のような事になっていると想像してしまいます。

不幸を我慢して生まれた「お金」

「お金なんてなくても幸せだよ」という価値観を無視してこの話をするのであれば、結論から言うとお金は人を不幸にしかしないのではないかと思います。

家族と旅行に行って楽しい思い出を作るためのお金、生きるために必要なお金、どちらも人を幸せにするためのお金ですが、そのお金を生む過程で人は必ず不幸になっていると思います。

会社でのストレス、時には家族や友達を犠牲にしなければいけない場面なんかは日常的に存在します。

そういう不幸を我慢しながらやっと生まれたのが「お金」だと思います。

そのように生まれた「お金」ですから、生むための不幸、使った時の幸せ、差し引きでプラスになるような使い方ができるか否かが、「お金が人を不幸にするか、幸せにするかの要因」だと思います。

ロマンの無いお金の使い方

今の私は家庭もあり、いわゆる「人生のゴール」というものも見えてきた、つまらない中年です。しかし、やはりまだ社会の中では若輩者で、収入もそこそこしかないので将来の不安というものは常につきまとっています。

将来の不安の中でやはり「お金」というものは、かなりの割合を占めています。

お金の使い方というのは大きく分けて「消費」「浪費」「投資」の3つに分けられていて、現在「投資」というお金の使い方に興味を持っています。

「投資」というのは、お金でお金を稼ぐ手段でしかなく、得られる結果はお金だけというロマンの無いお金の使い方だなと、自分でも思いますが、将来の不安を少しでも払拭できるのであれば、悪くない手段なのかなとも思います。

ウシジマくんで投資話に乗った人の末路も気になりますが…

娘を30万円で売る主人公

作中の登場人物(搾り取られる側)のほとんどが、目先の欲望に飛びつきお金に狂わされる可哀そうな人間なので、自分に置換えた場合でも、結末は少し変われど不幸になっていたのではないかと思います。

その中でも、お金があれば救われたかも知れないと思えたのが「スーパータクシーくん」で登場する主人公の娘、「沙耶」です。

物語の最後、結末ははっきりと書かれていないのですが、主人公は自分の娘を返済のために売ったのではないかと思います。

もし、主人公が大金を手にしていれば返済もできていただろうし、多分タクシードライバーも辞めていたのではないかなと思います。

そうすれば娘の「沙耶」とも出会う事なく、娘は売られる事もなかったのではないしょうか。

娘を30万で売るような主人公は返済後、大金を持っていてもどうせロクな人生を送ってないとは思います。

なるようにしかならない人生

「スーパータクシーくん」の主人公のセリフで「なるようになる人生は、なるようにしかならない」という諦めにも似た言葉があります。

登場人物のほとんどが物語の序盤から、もう手遅れで後は転がっていくだけという状態です。

本人はその状況に気づいてなかったり、自覚しているがどうしようもなく諦めていたりするのですが、案外そういった状況に陥ってしまう要素は誰にでもあるのかも知れないと思わせてくれる作品でした。

また、落とし穴に落ちた人間を食い物にしている人間が現実にも存在しており、そういった人間に自分、家族、知人などの人生をめちゃくちゃにされる可能性もありえるという事を再確認させられます。

「なるようになる人生は、なるようにしかならない」。私は、そうならないように努力したいと思います。

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