新潟県の広告制作会社は、休日返上で働いても残業代は1円も出さない

不採用の連続で見つけた会社

私は男性、38歳です。勤務先は新潟県新潟市中央区でした。

私は前職を辞めてから広告制作、雑誌制作を勉強するための学校に1年間通っていました。そこで勉強したことを活かしたいと思い、広告関係の会社や雑誌等の出版社の求人に応募していきました。

転職を開始したのが29歳だったため、年齢的なカベ、経験不足が足かせとなり、なかなか内定をいただけませんでした。

首都圏を中心に募集を探していたのですが、あきらめ、実家のある山形の隣、新潟市が結構発展しているので、新潟市を中心に求人を探しました。

ハローワークに行って探し、いくつか条件に合うものがあったので、そのうちの一つをまずは面接を受けてみようと思いました。

面接、書類とも結構すんなりと通り、2週間ほどであっけなく採用が決まりました。

このときは優良企業に思えた

給料に関しては求人票の通りの額、月収20万円を提示されました。ボーナスに関しては頑張り次第で上がるとのことでした。

ただ、頑張りを測る尺度として、営業であれば頑張りが数字として見えやすいけれども、制作は頑張りが見にくいような趣旨のことを言われました。

制作物のお客様からの評価、他者とのコンペでの勝率などを加味するしかない、とのことでした。実際は夏冬のボーナスが11万円ずつでした。

残業に関しては、この業界の宿命で、残業はあるものと思ってくださいとのことでした。ただこの時受けた説明は、残業はあったとしても夜の8時ぐらいまで、ということでした。

それに加えて休日の説明がありました。休日はしっかり休める、完全な週休二日制だし、有給休暇も申請があれば取れるとのことでした。

実際は拘束時間が長かった

残業に関しては、求人票、面接と話が全然違いました。まずは土曜出勤がかなり多いこと。月に3回は土曜日出ていたと思います。

締め切りがあるのだから、お客様に迷惑を掛けるわけにはいかない、というのが会社の言い分でした。

また日々の残業はとても夜の8時に帰れる人は居なく、日をまたいで帰るのが1時2時になることはざらでした。

それと出社時間ですが、最初は朝の8時半が出社時間との説明を受けていたのですが、朝の7時半には社に居るように、と入社後すぐに私に説明がありました。

カタログの制作など、大型の仕事で締め切りがギリギリのスケジュールで、作業量が大変な仕事が入った場合は完全な休日返上でした。

日曜も祝日も休まず働き、代休なども与えられませんでした。

プライベートな時間は減る一方だ

まずは残業代が1銭も払われないことに驚きました。

また休日の出勤手当もないので、私が働いていた労働時間を時給換算にすると、600円前後だったのではないかと思います。

月収が20万円だったら身ひとつであれば何とか生活が出来ますが、彼女が出来ても、とても結婚とかは考えられませんでした。

二人で生活していける展望がありませんし、子供を授かるなどもってのほかです。この給料でこの労働時間であれば、とても将来の展望など描けません。

働いた分の給料を貰えない、それに加えて自分の時間だけが削られていく。

今まで登山やカヌーなどアウトドア系の趣味があったのですが、それらに割くお金も時間もすべて取り上げられたような状態なので、諦めざるを得なくなりました。

やっと見つけた転職先だったのに

友達の集まりで、皆「今月は残業代が給料を上回った」などの話をしていて、自分は何て恵まれていない環境にいるのだろうと、げんなりすることが度々ありました。

そういう形で、周りと自分の置かれた環境を比べれば比べるほど虚しくなり、辞めたいなぁ、と何度も思いました。

ただ新しい職に就いて、両親も兄弟も友達も喜んでくれたので、その時の顔が離れず、ずっと辞めることを思いとどまっていました。

本当は貰えていたはずの額などを計算してみては虚しくなったり、周りが恨めしく思えてきて、徐々に卑屈な人間になっていったと思います。

残業は常態化していて、体のほうが慣れていたのですが、休日出勤は本当に辛かったです。何も対価を得られないで、ただ自分の時間を削られるわけですから。

取り付く島も無い上司の態度

何度か上司に相談はしてはみたのですが、「そのお前のポジションになりたいやつは世の中でいくらでもいる。不安があるのなら辞めてしまえ」と言われました。

相談では解決しないな、と思いました。

ただ勤続の月日を重ねるに連れ、精神的に弱ってきて、体調面でも不調が出てきました。このような状態ではとても対策など思いつきません。

会社には一応タイムカードはあったのですが、皆、18時になると強制的に押しに行かされ、またデスクに戻るので、とても証拠として使える代物ではありませんでした。

もし私がこの頃、正常な頭を持っていたならば、自分で勤務時間をメモし、録音機などをセットして不法残業の実態を音声として残しておいたと思います。

その上で法的手段に打ってでたと思います。

お金も時間もなくて将来の展望が開けない

残業代がもしちゃんと支払われていたら、生活はかなり裕福になっていたと思います。

残業代を支払われない状態では、ごくごく普通の生活は送れていたので、それが多分2倍にはなっていたでしょうから、余剰分が毎月20万はあった計算になります。

ただ、労働時間が酷い時で月に200時間に迫る勢いだったので、お金を貰ったとしても、精神的に病んできていたので、使い道もなく、ただ口座に入っていたかもしれません。

もしくは、めちゃくちゃ浪費していたと思います。

残業代、特に休日出勤分の給与が支払われていたら、かなりの額になったと思います。

将来設計も可能になって、将来、家庭を持ってみようかな、など、明るい展望が支えとなって、残業の苦しさを乗り越えることが出来たかもしれません。

サービス残業とはよく言ったものです。労働に対して対価、という当然なことが行き渡る社会になって欲しいです。

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