吹田市のアミューズメント系メーカーはスキルも貯金も得られない

面接5分で即「採用!」

私は32歳、男性です。職場は大阪府吹田市のアミューズメント系メーカーでした。

友人からの紹介で入社しました。当時25歳で、大学を卒業してから就職が決まらずフラフラしていました。

正社員雇用で面接だけ来てくれればすぐに働けると言われ、舞い上がって面接に行き、すぐに採用されました。

紹介してくれた友人も、その会社と取引先の関係でしたので、会社内部の事は詳しくは知りませんでした。

ですが、このご時世に何の社会経験も無い自分を正社員で雇ってもらえるというチャンスを逃す手は無いと思い、すぐに面接に行きました。

しかも都会でのメーカー勤務なんて、田舎育ちの自分には夢のような話です。

面接も社長が直々に行い、とても優しい内容で、面接開始5分ほどで、いつから出社するかと言う内容で、心が踊る話ばかりでした。

面接官は経歴・能力興味なし

面接で最初に言われたのが給与についてでした。給与の表を見せられ、その内容が役員までの給与金額が書いてあるものでした。

1番下のランク、つまり今から自分がもらう給与が年収300万円となっており、一番高いランクの役員報酬が年俸制2500万円となっていました。

面接官である社長に、頑張れば数年で一番高いランクまでいくこともあり得るから、頑張ってと言われました。

給与の話が終わると、後はいつから出社するかと言う話と、定時が何時から何時と言う話だけで他は雑談でした。

就業時間と残業についての簡単な説明書きは渡されましたが、それについての説明も特にありません。

自分の経歴や考え方などについては一切話の中に出て来ませんでしたし、聞かれることもありませんでした。

社内の雑用係。気付けば4年が過ぎていた

まず、業務内容は開発部でのクリエイター職だったのですが、内容は大きく違い、雑用ばかりでした。

新人の頃はしょうがないと思い、目の前にあることをこなしていましたが、それが4年続きました。

荷物を届けて来いと言われ、急に外に出されたり、ポスターをカッターで切れと言われ、500枚ほど朝から晩まで切っていたり。

上司の可愛がっている女子社員が、飲み会で終電が無くなるから会社に待機して、終電後に家まで車で送り届けろといった、メーカーの開発部とは思えない、ありえない仕事ばかりでした。

もちろんそんな状況ですので、社内に定時と言う感覚がありません。勤務時間は10時から18時30分までと聞いていましたが、そんな時間には帰れず。

一番ひどい時で翌日の朝7時まで会社にいたこともありました。もちろん残業代は0です。

賞与どころかタクシー代すら出さない

会社に強制的に拘束されていたので、食費がかさんでしまいました。

一人暮らしでしたので、自炊をすれば食費も節約できるのですが、ほとんど会社にいましたので外食やコンビニばかりです。

それから、終電までに帰れない日がほとんどでしたので、帰りに乗るタクシー代が生活を圧迫していました。

月に5万円程かかっていました。会社にそれを言っても、残業したのは自分の勝手でしょと言われ、清算してもらえませんでした。

その結果、もちろん貯金もできませんし、タクシー代を友人から借りなければ生活を維持できない月もありました。

ボーナスも年に2回と言われていましたが、業績不振が原因とだけ言われ、5年間勤めましたが、1円ももらったことがありませんでした。

ストレスで過敏性腸症候群に

何の為に働いているのか、わからくなっていました。精神的にストレスがかかりすぎて、過敏性腸症候群になり、腹痛に襲われる日がほとんどした。

年に数回あるかどうかの休みの日に、友人に会った時、そんな会社すぐに辞めたほうが良いと言われていました。

初の就職と言うこともあり、苦労することが若いうちには必要だと信じて、頑張りましたが、精神的には限界でした。

軽く見積もっても、月の残業時間は100時間を超えていました。

一度、働いている時間を手取り時給に換算してみた所、600円くらいと言う結果が出た時に、さらに食事も取れないほどショックを受けました。

自分だけかと思いましたが、同僚も同じ状況でいたので、それだけが唯一の救いでした。

今思えば同僚に合わせて、無理してその会社で働く事は、なかったのかもしれませんね。

タイムカードの証拠を労基局に持っていけばよかったかも

タイムカードがありましたので、携帯で写真を撮って保存していました。辞める時に、訴えようと考えていましたから。

今思えば、ありえないタイムカードだったと思います。ですが、いざ辞める時は、辞めれる事に安堵して、そのデータは全て削除してしまいました。

当時、労働基準局に持っていけば、相談できたのかなと思います。

他には、残業時間に対する給与明細の保管です。ですが、結局のところ会社は社員に残業をさせていないと言う考えでしたので、明細には残業時間は0で記載されていました。

タイムカードの時間と合わせるとおかしいので、相談できた上司に話しました。

それに関しては、タイムカードを押すのが単純に遅いだけだと、会社が認識していると言われ、その話はそこまででした。

ブラック企業で過ごした5年間は無駄な時間

正当に給与や残業代が払われていたら、買いたい物も買え、貯金もできたと思います。普通に彼女を作り、結婚もしていたのかもしれません。

結局、5年勤めましたが、辞めるまで給与は1円も上がる事なく、変わりませんでした。貯金もできないまま退社し、残ったものは辛かった思い出だけでした。

雑用ばかりの5年でしたので、経歴としても、何も残せていませんし、ただただ奴隷のような生活でした。

せめてまともに残業代さえ支払われていれば、使う暇が無かったので貯まっていたのかと思うと、悔しくてしょうがないです。

会社の為に使った経費も、全て清算してもらえなかったので、むしろトータル的にマイナスな経験だったと言っても、過言では無いかもしれません。

あの5年は人生で辛く虚しい5年でした。

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