中学3年生からやってるパチンコから離れられない

中学3年生でパチンコを覚える

私は研修会社で営業をしている35歳男性、東京都大田区在住です。

高校卒業まで関西地方に済んでいたのですが、地元はあまり治安の良い地域ではなく、勉強のできる真面目なぼっちゃんタイプよりも、自由奔放にちょっと悪ぶってるタイプがモテる文化がありました。

当然ながら自分もモテたい欲求が強くて、同じ学年の奴らよりも目立ちたい、なにかわからないけれど、とにかく「あいつすげえ」って思われたいと思っていました。

中学3年生のとき、3つ上の先輩に「ちょっと小遣い稼ぎに行こうぜ」と誘われたんです。どこ行くんですか?と聞いたら、パチンコだよって答えてくれました。

中学生だから全然お金なんて持っていなかったんですが、先輩が「ちょっと打ってみろよ」って5,000円をくれました。当時の私にとってはすごい大金で、それをさらっと自分にくれる先輩への憧れと、これまで経験したことのない世界に踏み込んだ高揚感でいっぱいだったのを覚えています。

パチンコは初めてでしたが、先輩に教えてもらいながら、見よう見まねで打っているうちに、運良く当たりを引いたんです。それも何度も引いたので、途中からは先輩に席を譲って打ってもらいました。

結局、その日は12万の勝ち。先輩は小遣いだといって、私に5万渡してくれました。私は今まで持ったことのない大金を手にしてすごく興奮していました。

それからも先輩は何度も私をパチンコに連れていき、そのうち、大金が入るのが嬉しくて自分からパチンコへ通うようになっていきました。

高校に入ってもヒマがあればパチンコ、パチスロ。浮き沈みはあるものの大金が手に入る感覚がクセになり、高校を卒業するころにはスロプロになると本気で思っていました。

給料の数倍のお金が2~3日で稼げた

今は主にパチスロですが、TVゲームのように、見ているだけでも楽しめる凝った演出が魅力です。

刻々と変化する液晶画面を見ながら、「いまの演出は大当たりが期待できる」とか、見たこともない演出に遭遇したら「どんなことが起こるんだろう!」とわくわくしたりと、まったく飽きません。

もちろんギャンブルですから、演出が面白いだけではなく、勝っているときは、まるで大金持ちのような気にさせてくれます。勝ったお金で何を買おう、何を食べようと考えているときは最高に楽しい時間です。30万円つぎこむこともありました。

働いて稼ぐ給料には上限がありますが、ギャンブルで稼げるお金には上限がありません。

もちろんマイナスになることもありますが、給料の何ヶ月分ものお金が2~3日で稼げたときなどは、自分が強者になったような気がしてたまりません。

大損すると自分の人生を失った気分になる

自分の人生が終わったなと思うのは、一番は大きく負けたとき、負けが続いたときです。20万円負けたこともあります。

勝っている時の高揚感とは真逆で、負けが続くと自分の人生の一部を持っていかれるような、ものすごい感情が湧き上がってきます。泣きたいような悔しいような、誰かを怒鳴りつけたいような感情です。

そんな時は数時間前の自分の行動を後悔します。

失ったお金があれば、あんなこともできた、こんなこともできたと、後悔ばかりが頭に浮かんできます。

そのうち、お金を失った怒りが、自分を勝たせなかった台や店に向き、怒りで頭がいっぱいになります。

親しい友人にも強く当たってしまうことがあります。それが原因で友人と疎遠になったこともあります。

そうやって理性的でない行動を取ったあと、気分が落ち着くと罪悪感とともにギャンブルはもうやめようと自分に誓うのですが、退屈な時間には耐えられる、結局またギャンブルにはまる自分いて、そんな自分に幻滅します。

人を見下し、バカにすることで心のバランスを取る

振り返ってみると、人を馬鹿にする、見下すような思考に近づいたと思います。

中学3年生でギャンブルをはじめて何万円ものお金を手にしていたときは、同級生の誰よりも自分のほうがすごいという感覚でした。その感覚のまま成長していった感じです。

仕事でうまくいかないときも、心のどこかで当事者を見下すことで、心のバランスを取ろうとするクセがあります。

また、怒りっぽい性格になりました。負け続けたときの落ち込みと、勝った時の強烈な快感の振れ幅が原因なのか、怒りっぽくなりました。

ギャンブルをはじめたときは、純粋に次々と変わる演出を楽しみながら打っている余裕がありましたが、いまでは当たらないと台に叩いたりすることもしばしばです。

もうギャンブルなしでは生きられない

自分は病気なのかなと思います。ギャンブルをやめてもっと生産的なことに時間を使えば、なんでもできるんじゃないかとは思いますが、やめられません。

ですが、やめられなくて焦るような気持ちにはなりません。

ギャンブルにはまって抜け出せないダメな人間だなとは思いますが、どこか開き直っている自分がいます。ですから、楽観的なところがあります。

ギャンブルをやめようと思ったことは何度もあります。

このままギャンブルを続けていたら自分の人生はダメになると思ってやめました。短い期間でしたが、やめていました。

ですが、これまでギャンブルをしていた時間がぽっかりと空いて、その時間を何に使っていいか分からなくて不安になりました。

時間がありすぎて苦痛に感じ、結局馴染みの店に足を運ぶことになりました。

結婚する同世代と比較して人生が虚しくなる

食べるものに困るようなことはありません。もちろんギャンブルですから勝ったり負けたりの繰り返しですが、生活が成り立たなくなるようなことはありません。

知人には、毎日朝から晩まで店に来ているなと思った人が突然来なくなって、事情を人づてに聞いたら、借金が膨らんでしまい、夜逃げ同然で逃げたという人もいますが、そこまで追い詰められてもいません。

ただ、将来がとても不安です。貯金もほとんどなく、大きく負けた月などは、当座をしのぐために消費者金融でお金を借りることもあります。

中学生のころから、ギャンブルにはまり、ギャンブルを楽しんできましたが、同世代が次々と結婚し、子どもを育て、家を買っている姿を目の当たりにすると、自分の人生がとてつもなく虚しいものに思えてなりません。

自分とは違う幸せを感じている同僚を見ていると、自分が惨めに感じることもあります。

離れたいが他にすることがないから離れられない

もう一度勉強するために学校へ行っていたと思います。

もっとちゃんと勉強しておけばよかったと思ったことは何度もあります。もっと良い高校へ行っておけばよかった。もっと良い大学に挑戦すればよかった、そうすれば、ギャンブル以外にも楽しいことを見つけて、もっと違った人生の歩み方ができたんじゃないかと考えることがあります。

ギャンブルから離れられないのは、もちろん面白いからではありますが、それ以外にも、他にすることがないからだなと思っています。

毎日大きな変化のない閉塞感のある日常の中で、ギャンブルで勝ったときだけが、変化のきっかけを自分に与えてくれるような気がしています。

一方で、そんな価値観やコンプレックスを持っている自分を残念だとも思います。だからこそ、もう一度人生をやり直したいという気持ちが学校へ行って勉強したいと思わせるのかもしれません。

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