言葉巧みな親戚に騙されて1,200万円の連帯保証人に

本家の連帯保証人になったのが悲劇の始まり

私は千葉県南房総市に住む51歳の女性です。両親が健在の頃、自分が20歳くらいの時の話ですが、本家の借金の保証人になりました。保証額は当初は1200万円でした。

わが家は分家ですぐそばに本家がありました。と申しましても、江戸時代の本家分家の間柄で血のつながりはありません。

本家のおばさんとうちの母親は年も同じで普段から仲が良く、交流も深かったのです。本家では船主で、サンマ・サバなどを獲る沿岸漁業をしておりました。

船が老朽化し、新規に購入することとなり「その資金を金融機関から借りるため、連帯保証人になってほしい」と頼みに来たのでした。

当時、すでに魚もあまり獲れなくなっていて、本家のおじさんも50代に入っていたので、新船購入はやめて、船商売から手を引くべきだった時機でした。しかし、どうしてもまだ操業を続けたかったようで、分家であるわが家に保証人になって判を押してほしい、と頼み込まれたのです。

「1,000万円の貯金」という言葉に騙された

最初、父はわが家には土地も財産も余分なものはなく、建ったきりのこの家しか何もない、ましてや体の弱い子供を抱えている、とてもそのような大金の保証人にはなれない、ときちんと断りました。

しかしいろいろ向こうが話をしてなおも頼んできて、しかも余裕な態度で笑顔で振る舞っていました。「決して迷惑はかけないから」「絶対に大丈夫だ」と余裕しゃくしゃくで堂々と述べていました。

そのうち、家には千葉銀に1000万円の貯金がある、だから迷惑などは決してかけない、と断言しました。

当時の1000万円は大変な金額でした。

そこで母が、「1000万円の貯えがあるなら心配はないんじゃない?お父さん、判を押してあげたら」と言い出しました。
それで結局保証人になってしまったのです。

連帯保証の恐ろしさ

わが家には預貯金というものは全くない状態でした。家も新築したばかりで、大きな借金を抱えていましたし、弱い子供、すなわち自分の事ですが、当時は東京の病院へ定期的に通院しており、相当額の医療費および雑費が掛かっていました。

その他、兄たちも私立大学へ通っており、貧乏のどん底でした。

保証人となり、実印を押すのは大変勇気のいることでしたが、本家のおじさんとおばさんがへらへら笑って、大丈夫だ、絶対に迷惑はかけない、と言い切って自信満々だったので、父も母も信じ込んでしまったのです。

よもやその後大借金で倒産し、しかもただの保証人だとばかり思っていたものが、実際は連帯保証人になっていた事への衝撃など、計り知れないほどのショックでした。

倒産するまで借金の額は一切知らされずに

生活に変化は特にありませんでした。しかし大金の保証人となって判を押している、という意識はつねに頭の片隅にはありました。

実際に倒産するまでは、借金の金額がどうなっているのかなど、我々保証人にも何も知らされていなかったのです。

そればかりではなく、借金の期限が来ると、書き換えのために、勝手に実印の印鑑証明や資産証明などの各種証明書を取らされて、しかもその代金はこちらで払わされるというやり方で閉口していました。

そのような証明書類は一通でもかなり高額で、二通も三通も取ると、馬鹿にならない金額が度重なっていたのです。

母も日々の生活のやり繰りにも困るような生活の中、本家の人たちの気の利かない無神経さに困り果てていました。数年続いた後、とうとうその件を本家のおばさんにやんわりと話していました。

連帯保証人には絶対になってはいけない

こうした経験によって、私の性格や言動などは変化はないかと思います。人との付き合い方も大きくは変わっていませんでした。

しかし我が家での暗黙のうちの了解として、何があっても絶対に商売の連帯保証人にだけはなってはいけない、と痛感しました。

家を新築する時の保証人ならば、自分の家を捨てて逃げる人はいないので、お世話になった親戚などならば保証人になっても大丈夫です。しかしそれ以外の人や商いの上での保証人などには絶対になってはいけない、とつくづく分かったのでした。

また、内容証明などの郵便物の存在も知り、驚くことばかりでした。最初の保証した金額は1000万円だったのに、その後どんどん増えて雪だるま式になっていたことも倒産してから初めて聞き、仰天したのでした。

借金をした当事者の娘は知らんぷり

人との争い事が日常茶飯事となり、借金を巡る駆け引きが親戚間で勃発しました。本家の子どもさんは3人もいながら、全部女の子なので頼りになりません。

長女の方にお婿さんは取っていたのですが、埼玉に済んでおり、遠方でしかも親が隠していたので、大借金で倒産し、保証人に迷惑をかけているという事も知らず、のんきにしていて本当に困り果てました。

父が埼玉から呼び、借金返済について真実を話しましたが、あまりの衝撃のためかわが家に挨拶にも来ずに、そのまま埼玉へ帰ってしまいました。お婿さんすら頼りにならなかったことです。

本家のおばさんの兄弟が担保に入れていた物件は、「迷惑を掛けると可哀想だから」と勝手に担保を抜いてしまっていたり、信じられないようなやり口ばかりしていたのでした。

連帯保証人になると人間同士の争いが起こる

人とのいさかいがとても辛かったので、あのような人間の醜さはもう二度と見たくありません。

まるでわが家が第二の戦場のような状態となり、親戚の人たちが入れ代わり立ち代わり、借金の件で話し込みに来るのです。

それも昔、本家の人たちにこうされた、ああされた、それなのに何で自分たちが今、その家の借金を背負わなければならないのか、聞いてほしい、本音を言えば嫌だ、とほとんど攻撃的な口調で言い尽くせぬ思いをありったけ喋っていくのです。

母もその対応で大変で、疲れ果てていました。

われわれが連帯保証人で一番苦労しているというのに、親戚の人たちも本家の子どもさん達も誰一人「おじさん、おばさん、ご迷惑をお掛けして申し訳ございません」と言ってもくれないのです。

もう二度と保証人にはなりたくないです。人との争いごとのない穏やかな人生を生きたいと思います。

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